縦走路/2020年2月「出逢い」
“むずす”岩泉地方で使われていることばです。山野の藪、藪漕ぎを意味するそうです。町内に「むずすの会」という名の山登りの会がありまして、60代70代の町内のご婦人や旦那さんが30名ほどで、結成から20年近くになります。数年前害鷹森の一本桜を見る山行がありましたが、近くの農道を走る車を見たら「な~んだ車が動いでい~~あるがなくてもいがったべ~」と不満たらたらさんがメンバーの中心です。宇霊羅、月山、堺の神、穴目などの町内山行が中心ですが、年に数度は兜明神、鞍掛山、七時雨などの町外山行や時には難易度の高い(?)姫神山や秋田駒ヶ岳にも挑戦しています。毎年総会を開いていて会計報告と当年度の山行計画を話し合うのですが、だいぶ前の総会に盛岡山友会の会員の木村一さんを講師としてお呼びして、山のことについて講していただきました。北アルプスのことをビデオ かスライドを交えて説明されていたと思います。そのあとご自身が使われているリュック、登山靴、ピッケル、 衣類などを登山形態や状況に応じた利用の仕方などを説明いただきました。ピッケルアイゼンは、聞いたことはあっても見るのは初めての会員がほとんど、当然ながら我々にはレベルの高いお話でした。女性会員が映像の花を質問したら「高山植物は詳しくないんだ」とか。また、遭難などの緊急事態への対応の質問には、「対応不能という状況でも、できることを最大限やる、しかない。対応力を磨くために私たちは山を楽しむ以上に訓練をしています。」でした。
山の会でもあれば入りたいと探していたので、さっそく“木村さんの”盛岡山友会をしらべて、中村美栄子事務局長に連絡をとって入れさせていただきました。厳しい入会規定や審査、山行経験を問われるかと身構えて例会見学させていただきましたが、すんなりと入会できました、木村一さんの縁でした。
入会後木村一さんと山行をご一緒したのは、記念山行の岩手山・上坊コースだけでしたが、彼のペースが速くて早くて私と亀ケ森さんは泣き泣き山行でした。木村さんは先頭を歩きながら卵茸を採りながら実はペース調整をしてくれていました。教育訓練では何度もご指導いただきました。親切丁寧で偉ぶらず、優しいご指導でした。一さんは昨年の三月に谷川岳で亡くなられました。訃報を耳にしたとき信じられませんでした。まさかあの人が、と思いました。残念です。今では“あの人でも遭難”と思うようになりました。私に改めて“山”を指導してくれました。
一周忌を前に合掌
№406 畑中 善四郎